昨日、2007年6月21日。
我が家の21歳のおばあちゃんにゃんこ、てっちゃんが
天国へと旅立ちました。
10日ほど前からご飯をほとんど食べなくなったので
心配で心配で、6月14日に動物病院へ連れて行ったところ、
特にどこが具合が悪いということではなく、
年齢が年齢だけにこの季節の変わり目の陽気に
体力的に付いていけないのでは、という診断で
太い注射を4本打ってもらって帰宅したんです。
「食べたいものを食べられるだけあげてくださいね」という
動物病院の先生のお話だったので
なんとか食べられるのもはないものかといろいろ試したら、
まぐろのたたきと牛乳は少し食べてくれて、
でも、それも3日ほど前からは
全く受け付けてくれなくなってしまいました。
それまではよろけながらも
なんとか自力でトイレまで行ったりして歩けてはいたんですが、
(おむつを着けていても、ちゃんとトイレまで行こうとするんです)
食事が取れなくなったらそれもできなくなり、
最期の3日間は寝たきりの状態でした。
寝返りも自分ではできなかったので
ときどき体位を変えてあげたり
夜は夫と私が交代で隣に寝て様子を見たり
日中なるべく涼しくいられるよう工夫をしたり
申し合わせたわけではないけど、家族それぞれが
てっちゃんのことを最優先に思って生活した3日間でした。
亡くなる前日、私は仕事がお休みだったので
一日家にいたのですが、
てっちゃんは私の姿が見えなくなると
か細い声で「あー」と鳴いて
まるで私を呼んでいるかのようだったので
隣に座ってなでなでしたり、話しかけたりして
一日を過ごしました。
元気だった頃のてっちゃんは「孤高のにゃんこ」で、
プライドが高くて、気も強く、
なかなかじっくりなでなでさせてはくれなかったのに・・・。
最期の日の朝、隣で寝ていた私が目を覚ますと、
てっちゃんが私を見つめながら「あー」と鳴いたので
「ああ、生きていてくれた」とほっとしたんですが、
見ると、呼吸も浅く、泣き声も更にか細くなって
ほとんど声にならない状態で、
それでも、体位を変えたりおむつを取り替える私に
甘えたように鳴こうとするので
「てっちゃん、もういいよ。鳴かなくてもいいよ」
と言って、頭をなでました。
その後、夫と子供を送り出し、
二階へ洗濯物を干しに行って、
30分後、てっちゃんの様子を見に戻ったら、
もう、亡くなっていました。
半分は覚悟ができていたはずなのに
残り半分は信じられなくて、
何回も「てっちゃん、てっちゃん」と呼びかけましたが
反応はなく、まだ温かいてっちゃんをなでながら
涙がとめどなくあふれてきて、
しばらくそこから動くことができませんでした。
私が大好きだったてっちゃんのうなじの匂いをかぐと、
いつもと同じいい匂いで、
全然苦しそうではなく、まるでお昼寝しているかのような
安らかな寝顔で・・・。
朝、みんなが起きてくるのを待って、
私が仕事に行く前に、と自分で決めていたのかなぁ。
とっても賢くて、私たちの話していることや考えていることを
まるですべて分かっているようなところのある
てっちゃんだったから。
その後、夫に電話をすると、しばらく信じられない様子でしたが
午後半休を取って帰ってきてくれるとのことで
私も上司に事情を説明して遅刻、早退させてもらい、
学校から帰って、突然の知らせに驚く娘たちとみんなで
その日の夕方、自宅の庭にてっちゃんを埋葬しました。
娘たちも、夫までも
てっちゃんとの別れに涙が止まらず、
なかなか作業は進みませんでしたが、
きちんと葬ってあげることがなによりの供養だと思って、
家族で力を合わせて小さなお墓を作りました。
立ち上るお線香の煙を見ながら
21年間のたくさんのてっちゃんとの思い出がよみがえってきて、
結婚生活のほとんどの時間を
てっちゃんと一緒に過ごした私たち夫婦はもちろんのこと
生まれたときからてっちゃんという
お姉ちゃんがいた娘たちにとっても
この別れはなにより辛い出来事でした。
当たり前のようにそこにあった存在が
突然消えてしまったという現実を受け入れるのには
しばらく時間がかかるかもしれません。
でも、またいつかきっとどこかでてっちゃんと会える。
吹く風や、日の光や、降る雨や、そんな何気ないことで
てっちゃんを感じることができる。
そう信じていたいと思います。
てっちゃん、21年間本当にありがとうね。
てっちゃんと一緒に暮らせて、楽しかったよ。
みんなを見守っていてね。
そして、どうか安らかに眠ってください。
posted by tetuneko at 11:59|
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